近年、企業の採用や人材活用の文脈で「ニューロダイバーシティ(神経多様性)」という言葉を目にする機会が増えています。
背景には、人材不足や働き方の多様化が進む中で、従来の画一的な評価や配置だけでは、個々の力を十分に引き出しきれなくなっているという課題があります。
これまで発達特性のある人は「配慮が必要な存在」と捉えられがちでしたが、近年では「認知の違い」に着目し、特性を活かした業務設計や環境づくりを通じて、組織の生産性や創造性を高めようとする動きが広がっています。
実際、発達特性のある方の中には、「能力がないのではなく、評価のされ方や働き方が合っていなかっただけ」と感じてきた人も少なくありません。
本記事では、ニューロダイバーシティの概念や活用が進む企業の現状についてわかりやすく解説しています。ぜひご一読ください。
ニューロダイバーシティの概要
脳の特性や認知の違いを欠点ではなく、人間が本来持つ自然な多様性の一つとして捉え、その違いを活かしていくという考え方です。
自閉スペクトラム症、ADHD、学習障害などの発達特性は、これまで業務上の配慮が必要な点や難しさに注目されることが多く、十分に力を発揮しづらい状況が生まれてきました。その結果、個人が持つ強みや独自の認知スタイルが評価されにくく、活躍の機会が限定されてしまうケースも少なくありませんでした。
ニューロダイバーシティはその前提を問い直し、「認知の違いを特性として理解し、個人が無理なく力を発揮できる環境を整える」という価値観を提示しています。特性をマイナス要因ではなく、価値の源泉として捉える発想が広がる中で、多様な人が安心して働ける環境づくりが国内外で加速しつつあります。
企業の働き方改革の取り組み、学校現場での合理的配慮義務化、そして少子高齢化による労働力不足など、多様な社会的要因が重なったことで、ニューロダイバーシティは「理念」から「人材戦略」へと変わりつつあります。
ニューロダイバーシティは発達障害の特別扱い?
ニューロダイバーシティについて語られる際、「一部の発達障害の人を特別扱いする考え方ではないか」と感じる人も少なくありません。しかし、その本質は特定の人に優遇措置を与えることではありません。
大切なのは、これまで暗黙のうちに「誰にでもできる前提」とされてきた働き方や学び方を見直し、一人ひとりが力を発揮しやすい条件を整えることです。業務の進め方や環境を調整することで、結果的に多くの人が働きやすくなり、組織全体の効率や安定性も高まります。
ニューロダイバーシティは「誰かを特別に扱う考え方」ではなく、「同じスタートラインに立つための前提条件を整える視点」だと捉えることが重要です。
経済産業省が示すニューロダイバーシティの位置づけ
経済産業省はニューロダイバーシティを「脳や神経に由来する特性の違いを多様性として尊重し、その違いを社会や組織の中で活かしていく考え方」と定義しています。
ここでは、自閉スペクトラム症・ADHD・学習障害などの発達特性を能力の優劣ではなく、人間の自然な個性として理解する立場を取っています。
同省は、少子高齢化が進む日本で就労人口を維持し、企業の競争力を保つためには、多様な特性を持つ人の参加が不可欠だと指摘し、そのうえで、発達特性を持つ方が力を発揮できる環境を整えることは、企業にとっても生産性向上やイノベーション創出につながると位置づけています。
このアプローチは、特定の人を特別視するものではなく、業務の分解、コミュニケーション設計、環境調整など、個々の特性に合わせた働き方の最適化を進めることで、結果的に多様な人材にとって働きやすい組織が実現されるという考え方です。
ニューロダイバーシティ導入の具体例
近年、日本国内でもニューロダイバーシティを積極的に取り入れる企業が増えています。
以下では、実際に取り組みを進めている企業を紹介します。
オムロン株式会社(医療機器・電子部品)
発達障害のある人の強みを活かすために「ニューロダイバーシティ採用」を開始し、さらに高度な専門性を持つ人材を対象とした「異能人財採用プロジェクト」を展開。特性と業務を丁寧にマッチングし、最適な配置を行う体制を整備しています。
ソフトバンク株式会社(通信)
週20時間未満の短時間勤務を可能にする「ショートタイムワーク」を導入。業務を細かく切り出すことで、長時間勤務が難しい方でも参加できる仕組みを整えています。大学・就労支援機関との連携強化により、入職後の支援も体系化されています。
アクセンチュア株式会社(コンサル)
精神・発達障害のある社員を中心としたサテライトオフィスを運用し、業務の可視化、段階的スキルアップ、適正な評価制度を整備。キャリア開発までを見据えた仕組みを導入している点が特徴です。
株式会社リクルートオフィスサポート(事務代行)
環境調整を重視し、照明・音・席配置などに配慮した職場設計を実現。支援スタッフや上司による定期面談を通じて、体調変化や困りごとの早期把握に努めています。
株式会社堀場製作所(製造業)
発達障害のある人の採用にあたり、二段階の長期インターンシップ制度を導入。実習を通じて企業と本人が適合性を確認できる仕組みを構築し、採用のミスマッチを抑制しています。
まいばすけっと株式会社(食品スーパー)
写真や図を用いた視認性の高いマニュアルを整備し、特性に応じた業務を設計。2022年以降に入社した障害者の定着率が1年後100%という成果が出ています。
これらの企業事例を整理すると、ニューロダイバーシティ導入には共通する視点が見えてきます。
第一に重視されているのは、特別な才能や突出した能力ではなく、「どの業務と相性がよいか」という観点です。強みを活かせる業務を丁寧に切り出し、無理のない配置を行うことで、安定した成果につなげています。
第二に、いきなり高い成果を求めるのではなく、環境調整や業務設計を優先している点が挙げられます。作業手順の可視化やコミュニケーションの工夫など、土台づくりに時間をかける姿勢が共通しています。
第三に、こうした個別対応が結果として業務標準化や働きやすさの向上につながり、特定の人だけでなく組織全体の最適化を生んでいる点です。ニューロダイバーシティは「特別対応」ではなく、組織を強くする手法として機能していることが分かります。
ニューロダイバーシティの導入が企業にもたらすメリット
ニューロダイバーシティの導入は、人道的・倫理的な観点にとどまりません。企業にとって明確な経営価値をもたらします。
人材不足への対応
少子高齢化が進む日本では、特にバックオフィス、製造、サービス現場などで慢性的な人手不足が続いています。従来の採用方法だけでは人材確保が難しい領域でも、発達特性を持つ人が安定して戦力として働けるというケースが増えています。
ミス削減・品質向上
視覚的情報処理や反復作業が得意な人材が適切に業務マッチングされることで、作業精度が向上し、不良率やエラー率が改善するという報告もあります。
組織の創造性・問題解決力向上
認知の多様性は、創造性・発想の幅を広げるうえで大きな資源となります。視点の違いが新しいアイデアを生み、固定化した組織の思考を柔軟にする効果があります。
インクルーシブな(障害の有無に囚われない)企業文化の形成
特性に合わせた環境整備は、発達特性の有無に関係なく、育児・介護・慢性疾患・メンタル不調などさまざまな事情を持つ人の働きやすさを向上させます。その結果、離職率の改善、従業員満足度の向上につながりやすくなります。
当事者の中には、「企業のメリットとして語られることで、自分が手段のように扱われないか不安を感じる」という声があるのも事実です。
だからこそ、ニューロダイバーシティは「相互に力を発揮できる関係づくり」として進める必要があります。
ニューロダイバーシティへの批判や懸念
ニューロダイバーシティは多くのメリットを持つ一方、いくつかの懸念や批判も示されています。主な指摘は以下の二点です。
・治療や支援の機会が奪われる可能性がある
「特性はすべて個性であり尊重されるべき」という価値観が過度に浸透すると、特性の改善や治療を望む本人や家族の選択肢が狭まる可能性があります。特性が生活上の困難を引き起こす場合や、家庭・職場への負担が大きくなるケースでは、医療的支援が必要であり、選択肢が確保されるべきです。
・ニューロダイバーシティの適用範囲が限定的
現状、企業が積極的に活用している発達特性は、デザイン・IT・研究など、一定の専門性や認知能力が求められる分野に集中しています。こうした能力を持たない人が十分に活躍できる場がまだ整っていないという指摘もあります。
これらの指摘を踏まえたうえで、当事者の選択や支援の多様性を尊重しながら進めていくことが、今後のニューロダイバーシティ実践には欠かせません。
企業がニューロダイバーシティを導入する際のプロセス
ニューロダイバーシティを実務に落とし込む際には、以下のようなプロセスが効果的です。
認知特性への理解を深める
研修や勉強会を通じ、上司・同僚が特性について適切に理解することが第一歩です。
「何ができないか」ではなく「どのような認知特性があるのか」「どの環境で力を発揮しやすいのか」を学ぶことが重要です。
業務の棚卸と切り出し
業務の棚卸と切り出しとは、仕事を人単位ではなく作業単位に分解し、それぞれに求められる特性を整理することを指します。
既存業務を細分化し、必要なスキルと負荷を分析することで、適正配置が可能になります。
環境設計
ノイズ対策、照明調整、定型的なタスク管理ツールの導入など、環境要因の最適化を行い見通しを持って業務に取り組める環境を整えることが重要です。
コミュニケーション設計
指示の出し方、業務の見える化、フィードバック頻度などを整備します。
特に口頭指示だけに頼らず、文章や図での共有、業務手順の見える化を行うことで、認知のズレを減らします。
評価制度とキャリア設計
強みを活かしたキャリアパスを用意し、長期的な成長を支援します。
また、段階的なスキルアップを支援することで、本人の成長と組織への定着の両立が可能になります。
施策の成果を判断する目安
ニューロダイバーシティ施策の成果を測定する際には、以下のような指標が有効です。
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エラー率の改善
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タスク処理数の向上
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定着率(半年/1年時点)
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メンタルヘルス相談件数の推移
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従業員満足度
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既存チームの生産性変化
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業務標準化の進捗度
定量化によって施策の効果検証が行いやすくなり、経営層への説明責任を果たしやすくなります。
ニューロダイバーシティの今後
ニューロダイバーシティは、個人の特性を尊重するだけでなく、企業が変化に強くなるための戦略の一つでもあります。特性に応じた業務設計や環境整備は、発達特性の有無に関係なく、あらゆる人にとって働きやすい職場を生み出します。
社会全体で理解が進むことで、偏見や誤解が減少し、多様な人材が自分らしさを活かして働ける基盤がさらに広がることが期待されます。企業にとっても、ニューロダイバーシティは単なる理念ではなく、競争力を高める実践的アプローチとして定着していくでしょう。
ニューロダイバーシティは、企業変革の新たなスタンダードへ
多様な認知スタイルを持つ人が安心して参画し、力を発揮できる環境をつくることは、企業にとっても社会にとっても持続的な成長の基盤となります。特性理解、業務設計、環境整備、人材育成といった一連の取り組みを通じて、ニューロダイバーシティは今後さらに広がり、一人ひとりが自分らしく働ける社会の実現に貢献していくことが期待されます。
一人ひとりの特性が尊重される環境づくり
こうした企業での取り組みの背景には、「人は一人ひとり違う特性を持っている」という前提があります。
この考え方は、実は子ども時代の学びや育ちの場においても非常に重要です。
多くの場合「集団に合わせること」が優先され、合わなさを感じた経験が十分に言語化されないまま成長していきます。その結果、自分の特性を理解する前に「できない」「向いていない」と捉えてしまうケースも少なくありません。
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