不登校のお子さんを支援する現場にいると、保護者の方からさまざまなお悩みを伺います。
「うちの子、すっかり自信をなくしてしまっていて…」
「やる前から、どうせ無理と言うんです」
「失敗を極端に怖がるようになりました」
「このままで将来、大丈夫でしょうか」
こうした声は、決して特別なものではありません。むしろ、多くのご家庭に共通する切実な思いです。
お子さんが学校に行きづらくなった背景には、人間関係、学習への不安、環境との相性、心身のエネルギーの低下など、さまざまな要因が複雑に絡み合っています。
しかし、支援の現場で子どもたちと向き合う中で、私たちが繰り返し感じるのは、問題の本質が「能力の不足」にあるわけではないということです。多くの場合、子どもたちは力を失ったのではなく、「挑戦してみよう」と思える感覚が少しずつ薄れてしまっているのです。
心理学では、この感覚を自己効力感(Self-Efficacy)と呼びます。
自己効力感とは、「自分はこの課題をやり遂げられる」と信じられる感覚のことで、実際の行動や挑戦を支える心理的な土台となる力です。子どもが一歩を踏み出す勇気や、失敗してももう一度挑戦できる力の源となるものです。この感覚が揺らぐと、子どもは挑戦する前からあきらめてしまったり、少しのつまずきで自信を失ったりしやすくなります。逆に、自己効力感が少しずつ育っていくと、小さな成功体験が自信につながり、やがて前向きな行動の循環が生まれます。
本記事では、自己効力感の基本的な考え方を整理しながら、なぜこの力が不登校のお子さんの支援において重要なのか、そして家庭や支援の現場でどのように育てていけるのかを、具体的な事例や支援のポイントを交えて解説していきます。
自己効力感とは何か?
自己効力感とは、心理学者のアルバート・バンデューラ(Albert Bandura)が提唱した概念で、ある課題や状況において「自分は達成できる」と信じる認知的な判断を指します。これは単なる楽観や気分の良さではなく、行動の選択、努力の持続、困難や失敗への対応に直接的な影響を与える認知的プロセスです。
バンデューラの研究では、自己効力感が高い人ほど挑戦的な目標を設定し、困難やストレスに直面しても粘り強く取り組む傾向が示されています。逆に自己効力感が低い場合、同じ条件でも不安が増大し、課題回避や早期撤退につながることが観察されています。
自己効力感を育む4つの要素
自己効力感は生まれつき決まっているものではなく、環境や経験によって育てることができます。バンデューラは、その形成に影響する主な4つの要素を示しています。
遂行体験(実際の成功体験)
自分で課題を達成する経験は、自己効力感を育てる最も強い要素です。小さな成功の積み重ねが「自分にもできる」という実感を生み、失敗しても再挑戦する力につながります。
代理体験(モデルの成功観察)
周りの人が挑戦して成功する姿を見ることで、「自分もできるかもしれない」と感じられます。兄姉や友達、支援者の成功例を知ることは、行動へのハードルを下げる助けになります。
言語的説得(励ましや支持)
家族や教師、友達から「できるよ」と声をかけてもらうことも自己効力感を高めます。努力や成長を具体的に認める声かけは、挑戦する意欲を後押しします。
情動的状態(不安や緊張の影響)
不安や緊張が少ない状態で取り組むと、自分はうまくできると感じやすくなります。逆に強い不安は自己効力感を下げる要因になります。
この4つの要素は、学業やスポーツ、心理的な回復力、健康行動など、さまざまな場面で実際に効果があることが研究で示されています。
自己効力感と自己肯定感の違い
自己効力感はしばしば自己肯定感(Self‑Esteem)と混同されやすいですが、両者は心理学的に異なる概念です。どちらも自己に関わる感覚ですが、役割や働き方が違います。
・自己肯定感:自分の価値や存在そのものを肯定的に評価する感覚です。「自分は大切な存在だ」「自分には価値がある」と感じることで、心の安定や幸福感に関わります。
・自己効力感:具体的な課題や状況において、「自分はこの課題をやり遂げられる」と信じる感覚です。行動を起こす力や、困難に対処する力に直結します。
実際の研究からも、両者の違いは明らかです。たとえば、同じ学習課題に取り組む学生を比べると、
・自己肯定感が高い学生は「自分は価値ある存在だ」と感じますが、必ずしも課題への取り組みや成果につながるわけではありません。
・自己効力感が高い学生は、課題に対する意欲が強く、実際に行動して成果を出す傾向が観察されています
つまり、自己肯定感は「自分の存在価値」に関わる感覚であり、自己効力感は「行動や挑戦」に関わる感覚です。この違いを理解することは、子どもを支援する際にどの力を育てるべきかを考えるうえで非常に重要です。
不登校のお子さんに自己効力感が特に重要な理由
自己効力感が低下すると、子どもは次のような心理や行動を示しやすくなります。
・新しい課題や人間関係への挑戦を避ける
・失敗やつまずきに過剰に敏感になり、自信を失う
・小さな成功体験を積む機会が減り、ますます行動が制限される
一方で、自己効力感が少しずつ育っていくと、以下のような前向きな循環が生まれます。
1.小さな挑戦に取り組む
たとえば「宿題の一問だけやってみる」「部屋の片付けを最後までやる」など、簡単な目標から始めます。達成すると、「自分にもできる」という感覚が生まれます。
2.自信が少しずつ育つ
小さな成功を経験することで、「昨日より少しできた」「やってみたら大丈夫だった」と自分を実感でき、次の挑戦に一歩踏み出せるようになります。
3.成功体験が積み重なる
繰り返し挑戦して達成することで、自分の力を信じる気持ちが強くなります。これが成長につながり、さらに大きな課題にも挑戦できるようになります。
自己効力感は不登校の子どもが再び自分のペースで学びや生活に向き合うための行動のスイッチのような役割を果たすのです。
家庭でできる自己効力感の育て方
ここでは、家庭でできる具体的な方法を紹介します。
日常の「小さな成功体験」を意識する
家庭の中でも、子どもが自分でできそうな小さな課題を設定し、それをやり遂げる経験を積ませることが大切です。
たとえば、簡単なお手伝いや、学習の一部を一緒に達成することが効果的です。小さな成功の積み重ねが、「やればできる」という気持ちにつながります。
実践例
・毎日ひとつ、自分で決めた目標をやってみる
・朝起きたら自分で身支度を整える
・家族の中でできる役割を任せる
こうした体験を通じて、小さな成功を感じることが、行動につながる自己効力感の土台になります。
子どもの努力やプロセスを具体的に認める声かけ
子どもの自己効力感を育てるには、声かけが大切です。「すごいね」と言うだけでなく、どこが頑張れたか、どの部分が良かったかを具体的に伝えると、子どもは自分の行動が認められたと感じ、次の挑戦に向かう意欲が生まれます。
声かけ例
・「ここまで集中して取り組めたね」
・「昨日より上手にできたね」
・「最後までやりきったことがすごいよ」
もし失敗しても、「挑戦したこと自体が価値ある経験だよ」と伝えることで、失敗を恐れずに再挑戦する気持ちを育てられます。
自分で考える機会を与える
過度に手助けをすると、子どもは「やってもらうのが当たり前」と思いやすくなります。自己効力感を育てるには、子ども自身が考え、決め、行動する経験を持つことが大切です。
工夫例
・「どうやったら片付けられるかな?」と一緒に考える
・「今日はどの順番で勉強する?」と自分で決めさせる
自分で考える体験が、「やってみよう」という気持ちにつながります。
失敗やつまずきを学びに変える
自己効力感は、成功体験だけでなく、失敗からの学びでも育ちます。失敗を「できなかった」で終わらせず、
・なぜうまくいかなかったのか
・次はどうすればうまくいくか
と一緒に考えることで、挑戦と成長のサイクルが生まれます。これは、心理学的にも行動の変化につながる大切なプロセスです。
周囲の行動や価値観をモデルにする
子どもは、周りの人の行動をよく見ています。保護者や兄弟、友達が**挑戦して成功する姿を見せる(代理体験)ことで、「自分もできるかもしれない」と感じるきっかけになります。身近な人の成功体験を見ることは、自己効力感を育てる強い手助けになります。
サポート方法まとめ
自己効力感は、日々の家庭での関わりの中で少しずつ育てられる力です。
・小さな挑戦を経験させる
・努力や成長を具体的に認める声かけ
・子ども自身に考えさせる機会を作る
・失敗から学ぶプロセスを大切にする
・周囲のモデルを見る経験を提供する
これらの関わりを通して、子どもは「自分はできるかもしれない」という感覚を少しずつ育てていきます。それが、日常生活や学びに向かう力となり、少しずつ前向きな行動につながっていくのです。
育てるときのポイントとよくある誤解
自己効力感を育てるときには、いくつか注意したほうがよいポイントや、つい勘違いしやすい考え方があります。正しい関わり方を意識しないと、子どもがせっかく頑張ったことがうまく力につながらないこともあります。家庭や支援の場では、次のポイントを参考にしてみましょう。
「自己効力感=やる気」ではない
自己効力感とは「自分にはできるかもしれない」という感覚のことです。そのため、必ずしも「すぐにやる気が出る」や「すべての行動が積極的になる」とは限りません。
たとえば、子どもが挑戦してみたい気持ちはあっても、体調や気分、環境によってすぐに行動に移せないこともあります。これは自己効力感が低いというより、状況の影響によるものと考えられます。焦らず、少しずつ取り組むことが大切です。
過剰な励ましや失敗回避は控えめに
「何でも褒めればいい」「失敗させないように守ればいい」と考えがちですが、やりすぎると自己効力感が育ちにくくなることがあります。
・何でも手伝いすぎる → 自分で考えて行動する機会が少なくなる
・失敗を避けさせすぎる → 「失敗しても大丈夫」という学びの経験が減る
失敗やつまずきも、子どもが「次はできるかもしれない」と感じられるチャンスになります。そのため、少しずつ経験させながら見守ることがポイントです。
自己肯定感とのバランスも大切に
自己効力感は行動や挑戦に関わる力で、自己肯定感は「自分は大切な存在だ」という気持ちです。どちらも大切ですが、片方だけに偏ると子どもにとって育てにくいことがあります。
・自己効力感ばかり意識 → 結果や成果に目が向きすぎて子どもがプレッシャーを感じやすくなる
・自己肯定感ばかり意識 → 行動や挑戦につながりにくくなることがある
日常の声かけや関わりで、子どもが「大切な存在だ」と感じつつ、「やってみよう」と思える環境を整えることが大切です。
日々の関わりが子どもの力になる
お子さんの不登校に直面すると、「どうしてうちの子は…」「将来は大丈夫だろうか」と、不安や焦りを感じることもあるかと思います。でも、子どもが挑戦する気持ちを少しずつ取り戻すことは、家庭の関わりひとつで可能です。家庭はもちろん、子どもが安心して過ごせる居場所があることも、自己効力感を育むうえでとても大切です。安心できる環境の中で、子どもは「失敗しても大丈夫」と感じながら、少しずつ挑戦する気持ちを取り戻せます。自己効力感は、決して生まれつき決まっているものではなく、日々の小さな経験や声かけを通して育てられる力です。大切なのは、完璧を目指すことではなく、子どもが「やってみよう」と思える瞬間を少しずつ増やしていくこと。成功体験や失敗体験を一緒に見守りながら、子どもが自分を信じる力を取り戻すお手伝いをしてあげてください。焦らず、少しずつ。保護者の方の安心した関わりと、子どもにとって安心できる居場所が、子どもの自信と前向きな行動の土台になります。あなたの声かけや見守りが、子どもの未来を支える大きな力になるのです
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